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【自由研究】「五輪=お祭り」論は過去の精神的遺産(レガシー)−過去4大会の五輪への市民の態度から見る五輪観の変化−【社会的な話】

15秒でわかる本稿のポイント 

  • 過去4大会の世論調査の結果では年々、オリンピック開催に肯定的な市民の割合は減少している
  • 市民は五輪を祭典としての娯楽として捉えているのではなく、「儲かるか、儲からないか」という視点から、シビアに損得を判断する必要があると捉えているのではないか?
  • オリンピックは年々支持率が下がってることを考えると、2020年の東京五輪はコロナ影響もあるもののそもそもオリンピックというイベント自体が国民に広く支持されるものではなくなっているのではないだろうか。
  • 五輪=お祭りと捉える考えこそが、10年以上前の大会までの間に築かれていた過去の精神的遺産(レガシー)であり、もはや古臭くなっている

以下本稿の目次です。お急ぎの方は【Conclusion】までスキップしてください。

 

 

 

【Introduction】五輪開催直前、半数以上が開催に反対。そもそも五輪は賛成が当たり前なのか?

東京オリンピックパラリンピックの開会式(7/23)まで10日を切り、いよいよ開催が近づいています。しかし、東京では連日、再びの感染者数の増加傾向が続いており、五輪開催期間中をカバーするかのように、7/12には4回目の緊急事態宣言が発出されました。

そんな中、五輪開催の是非を問う世論調査の結果で、衝撃的なニュースが飛び込んできました。

www.asahi.com

仏グローバル・マーケティング・リサーチ会社IPSOS5月~6月にかけて実施した調査によると、なんと開催国である我が国の、国民の78%が東京五輪開催に否定的であるという結果です。

また、国内新聞社が実施している最近の世論調査でも「中止すべき」と答える人が多くなっています。

 

mainichi.jp

 

開催直前でありながら、東京五輪開催への支持率が低いという衝撃的な結果となっています。

しかし、そもそも五輪というスポーツイベントは、ホスト国の国民が手放しで喜び、開催を歓迎するのが当たり前のイベントなのでしょうか。そこで、本稿では2004年アテネ大会以降の過去4大会において、開催国の市民が五輪をどのように捉えていたのか、当時の世論の態度を調べてみました。

 

 

【Analysis】アテネ大会以降4大会での五輪開催への市民の態度

(1) 2016年 リオデジャネイロ五輪(ブラジル)

記憶に新しい夏季五輪としては、一大会前のブラジルのリオデジャネイロ五輪です。

リオデジャネイロ五輪は2016年にブラジルで開催され、初の先進国以外で開催された初の夏季五輪として、日本でも工期の遅れや水上競技会場の水質汚染、国民の生活環境改善より五輪を優先する政府への国民の反対運動等、さまざまな側面で報道されていました。

ブラジル国内では五輪開催前には政府を批判するデモがあったり、テロが発生したりしたと記憶しています。

開催1週間前にロイターに掲載された記事によると、当時のブラジルリオデジャネイロ五輪の支持率は、開催1週間前で半数(50%)が開催に反対。開催に賛成が40%。回答なしが10%となっています。

www.reuters.com

市民は五輪開催にかかるコストが高いことを懸念しており、回答者の63%が五輪開催は、得られる利益よりかかるコストの方が大きいと考えていたようです。

「63%の回答者は、オリンピックは利益(Benefit)よりもコストの方が大きい」

The Datafolha polling institute survey published in the Folha de S.Paulo newspaper also found that 63 percent of those asked in the latest poll think the Olympics will bring more costs than benefits, up from 38 percent three years ago.

(出典)上記ロイター記事

この数字は五輪開催準備が進む前の2013年に実施された調査結果に比べ、1.6倍の数値になっています。つまり、開催が近づくにつれて、五輪による負の影響を懸念する世論の声が大きくなっていったものと考えられます。

 

(2) 2012年 ロンドン五輪(イギリス)

リオデジャネイロ五輪の前の大会は、2012年にイギリスで開催されたロンドン五輪です。

当時の3月末に公表された世論調査では、ロンドンでの五輪開催に対する市民の態度として、賛成55%、反対27%、わからない18%という結果となっています。

https://www.statista.com/statistics/236807/public-opinion-on-the-benefits-of-the-olympics-2012-for-london/

大都市で開催されたロンドン五輪では、五輪開催に伴う交通問題や安全上の問題が懸念する声がありました。また、サッカー大国のイギリスでありながら、五輪のサッカーのチケットが売れ残る等、「五輪への関心の低下」が目立った大会であったようです。

2012 Olympics: Pros and Cons of London as Olympic Host | Bleacher Report | Latest News, Videos and Highlights

 

(3) 2008年 北京五輪(中国)

ロンドン五輪の前の大会は、2008年に中国で開催された北京五輪です。

北京五輪は国家の威信をかけた一大事業として、強力に推進された大会でもありました。確か、北京市内の再開発や市民のマナー向上に向けて、ハード面でもソフト面でも大国としての整備が一気に加速する契機になった大会であった印象です。

世界中の人々の問題意識や外交上の意識等を調査しているアメリカのシンクタンクであるピュー研究所が20088月に公開した記事によると、当時の北京市民のおよそ79%が「五輪は自分自身にとって重要である」と回答しており、肯定的に捉えていたことが分かります。

北京五輪開催への市民の態度(以下レポートより抜粋)

北京五輪開催への市民の態度(以下レポートより抜粋)

www.pewresearch.org

(元レポートURL) 

https://www.pewresearch.org/wp-content/uploads/sites/2/2008/07/2008-Pew-Global-Attitudes-Report-2-July-22-2pm.pdf

 

(4) 2004 アテネ五輪ギリシャ

4大会前は、2004年にギリシャで開催されたアテネ五輪です。アテネ五輪も工事の遅れや予算不足等、開催準備にかかる不安が日本でも報道されていた大会であったと記憶しています。

しかし、20046月のNYタイムズの記事によると、五輪の開催には90%の市民が賛成していることが分かります。ただし、マラソンコースの工事の遅れが指摘されており、7年も準備期間があったのに2年前になってようやく着工し始め、開催直前にもかかわらず道路の拡張工事はまだ終わらない状況に対して市民が不満を持っていると示されています。

Athenians generally favor the Games and the infrastructure improvements coming as a result; a recent Olympic poll showed 90 percent supported the Games. But many of those disrupted by them on the marathon route feel differently.

(出典)以下NYTimes記事より引用

https://www.nytimes.com/2004/06/13/sports/olympics-a-frantic-sprint-to-the-finish-on-the-ancient-marathon-route.htm

 

 

【Conclusion】市民は五輪をお祭りではなくコスト対効果で見ている

(1) 年々、五輪開催に肯定的な市民の割合は減少。人々は五輪開催に否定的になっている

2004年のアテネ大会から2016年のリオデジャネイロ大会まで、過去4大会の開催に対する市民の意見について見てきました。それぞれの大会での世論を五輪開催に肯定的な意見(Pros)、否定的な意見(Cons)と「わからない」「無回答」のその他(I don’t know, None)に分けて、大会別にまとめたグラフが以下になります。

過去4大会別の五輪開催への市民の態度

過去4大会別の五輪開催への市民の態度 (図:7/15修正)

2004年のアテネ大会では、工事の遅れ等への市民の不満があるものの、90%の市民が開催賛成であったことから、五輪開催に肯定的な世論が強かったのだと考えられます。続く、2008年の北京大会でも五輪開催を肯定的に捉える意見が79%と非常に多くなっています。

一方で、2012年のロンドン大会以降では、五輪開催を否定的に捉える意見も増えています。ロンドン大会ではその他(「わからない」「無回答」)が18%に上る等、五輪への市民の関心が薄かったことに加え、交通問題や安全上のリスク等、五輪開催に伴う生活支障やリスク増加を懸念する意見が出てくるようになりました。

2016年のリオデジャネイロ五輪では、五輪開催から得られる利益がコストに見合わないとして、肯定的な意見が40%、否定的な意見が50%となり肯定的に捉える意見よりも否定的に捉える意見が多くなっています。

各大会での個別の準備状況や、開催国の社会情勢等によっても開催国市民の五輪開催への世論は大きく変わるものとは想定されますが、過去4大会では明らかに肯定的に捉える人々の割合が減っており、否定的に捉える意見が増加している傾向が見られます。

 

(2) 五輪=お祭りと捉える考えこそが、10年以上前の大会までの間に築かれていた過去の精神的遺産(レガシー)であり、もはや古臭い

ロンドン大会やリオデジャネイロ大会では、五輪開催のためのコスト(整備費などの金銭的なコストに加えて、開催国の市民に対して生じる生活支障や安全上のリスクもコストに含まれると考えることができます)の方が、五輪から得られる利益・メリットよりも大きいと捉える見方が出てきていることが特徴的です。

これはつまり、市民は五輪を祭典としての娯楽として捉えているのではなく、「儲かるか、儲からないか」という視点から、シビアに損得を判断する必要があると捉えている可能性があります。

オリンピックへの支持率がは年々下がってることを考えると、2020年の東京五輪はコロナ影響もあるものの、そもそも五輪というイベント自体が国民に広く支持されるものではなくなっているのではないでしょうか。

 

さて、今の東京大会ではどうでしょうか。史上初めての全世界的なパンデミック下でのオリンピックということで、東京五輪新型コロナウイルスの脅威の中で、市民生活にさまざまな制限を加えながらも何とか工夫して開催する歴史に残る大会であると思います。

東京大学吉見俊哉氏が、我が国政府には普段できないことを進めるための行動原理として「お祭りドクトリン」があると指摘するように、オリンピック委員会をはじめとした大会関係組織は、まさにこの東京大会を「復興五輪」「人類がコロナへ勝利した象徴」として位置付け、記念碑的に祭り上げようとしています。

news.yahoo.co.jp

 

しかし、東京五輪への市民への態度は、明らかに祭典を喜ぶものではなく、むしろ否定しているものです。世論調査の結果はまさに、市民が五輪開催によって得られる利益よりも、五輪開催に伴うコスト(感染拡大のリスク)の方が大きいと判断していることを示しているのではないでしょうか。

五輪開催のコスト対効果をシビアに見定める目線を持っている人々が、損得抜きに五輪を「お祭り」「記念碑」として捉えることは難しいでしょう。

一人でも多くの市民に、五輪への肯定的な意見を持ってもらうためには、オリンピック開催関係者から、五輪開催によるコストをどのようにカバーできるのか、そのメリット・利益が説明されることが必要なのではないでしょうか。

五輪=お祭りと捉える考えこそが、10年以上前の大会までの間に築かれていた過去の精神的遺産(レガシー)なのであり、ここ10年や現在の五輪の捉え方からすると古臭いのかもしれません。

このまま人々の心が五輪離れしている中で、祭典としての五輪を推し進めているのではいつまでも、そして大会が終わってからも同じ問いが残り続けてしまうと思います。

 

「はたして、誰のための五輪なのでしょうか(だったのでしょうか)。」

 

(2021/7/15 7:30 追記)

グラフ中に中国五輪における「否定的」「その他」回答割合が表示されていなかったため、修正しました。

(2021/7/20 12:00 追記)

本稿のポイント3点目を追記しました。合わせて本文にも追記修正しました。

 

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